オープンワールド系ゲームしかしコミュニティ的にはまだまだクローズ

グランドセフトオート、かつてそれは箱庭ゲーと呼ばれていたのを覚えている。
今月行われたE32015では、MGSV:TPPをはじめとするオープンワールド系のゲームがたくさん発表された。

なぜ最近になってオープンワールドという単語を目にする機会が多くなったのか。マインクラフトの爆発的ヒットからだろうか。



嫌いじゃない。むしろ一本道ゲーといわれるものよりはしばらくは遊べるはずだと思う。
できることは、多いほうがいい。

オープンワールドと聞いてワクワクする。同時にふたを開けてみるまで不安だらけだったりするわけで。
「オープンワールドだ!飛び込め~!」的な感じにはならないと思う。ゲームユーザー視点的にはそうだ。そこまで無鉄砲じゃない。
(むしろオープンワールドゲーを好むユーザーは本当になんとうか、疑り深いと思う。慎重なんだ。)




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ドラゴンエイジはオープンワールドゲーだろうか。私的にはあれは究極のお使いゲーだと思う。
そんなわけで超大作で神ゲーと言われるオブリビオンからスカイリム、フォールアウトまでも、ほかのオープンワールドゲーと何が違うの?という感覚。まあそんなこと言ったら多方面を敵に回しそうなんだけども。

バトルフィールドでも、コンクエストで変なところで沸いちゃったら、前線まで走っていかなきゃならない。道中で車両が手に入れば運がいいんだけど毎回そういうわけにはいかない。


大規模マップで自陣営本拠点に沸いちゃって、海を泳いで山を越えて鼻歌まじりに観光気分で前線にたどり着く、その間5分。それがそこそこ苦痛だったりする。

まあそれが嫌なら小規模マップでチーデスドミネやってりゃいいだろ。もしくは自害して前線で沸いたらいいだろって話なんだけど・・・バトルフィールドといったら大きなな戦場で戦車だのヘリだのが入り乱れてドンパチお祭り騒ぎするってゲームな感覚だからさ。自分は。
単純に撃ち合いしたいならCoD行くし、BFに求めているのはCoDでできないことだし、CoDでできることをBFでやれるほどBF愛はないわけで。(最近の未来傾向にはうんざりしてるけど。)

まあ早い話、走るだけってのはつらいのよ。BFのマップだけでつらいのに、

それがオープンワールドになったら、もう絶望。
もちろんオープンワールドゲーを作ってる側の人たちも、ユーザーに走るだけをさせたいわけじゃないはずだし、一度訪れた村町にはワープができたり、MGSVで言うと指定したポイントに車両を投下する申請ができたりみたいな対策を講じてきているわけで。


結局オープンワールドによくある「お使いクエスト」は、その「走るだけ」の行為をごまかしているだけに過ぎないと思うんだ。

オープンワールドゲーとして登場するゲームに、こういったお使い要素をすべて取り払ったらいかにクッソつまらない観光ゲーに成り下がることか。
もちろんお使いクエストだけじゃなくって、道中突発的に発生するランダムクエストとか、道からあえて外れて山を登ってみたらすごい絶景でとかなど いろいろな方法で走るだけをごまかしているんだけどさ。


だから、オープンワールドゲーと聞いてワクワクする反面、走るだけをごまかしているゲームではないだろうかという不安があるってわけ。

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君は何のためにゲームをするのか。
暇つぶし?それとも人生そのものだから?
俺はどちらもあるし、結構昔から問い続け、消費するだけではダメだと思って今にいたるわけで。



意味なんてない。大小問わず会社が作った売り物、それを買っているだけで。小さく見るとそこで商売が終わっている。まあその内容、お客さんが商品を買って使って(遊んで)、その評判で次の新商品の売り上げに影響したり、その会社の出しているものは信頼できるとかできないとかはあるんだけども

そのゲームが信頼されて、たくさんの人に愛されて、次回作が出れば絶対買う!ってゲーム、実はそんなに多くない。最近はミーハー路線というか、ライト層に媚びた(悪い意味じゃない)ものが増えてる。
商売的には間違ってないんだよ。姿形を壮大にして美しく派手にきらびやかに着飾って
とりあえず買ってもらえりゃ企業の勝ちで、その後のことはまた「今度はすごいんだぞ!」みたいに言えばいいしって腹が見える。(でってにーとかそう。騙された。)


たぶんここまで読んでる君には、ひとつかふたつ、必ずそういったゲームがあると思う。
俺はあるよ。フロムソフトウェアのソウルシリーズ。ダークソウル2から入ったクチだけど
独特の薄暗くて荒廃していて、すごい難しくて、でも勝利したときはすごく嬉しくて。
どうしても欲しい装備があって、ひとりでマラソンしてたら疲れて、気分転換にサイン書いたら気さくなホストに出会って
同僚の白と3人で協力して 一撃必死のボスの一振りを紙一重で回避して ギリギリの戦いの末誰一人死ぬことなく勝利し、お別れに手を振るモーションを交わし
余韻に浸りつつかがり火に座る。

もう二度と会うことはないかもしれない。だけどその一期一会の一瞬に、すごくいろいろな感情が詰まっている。
ほかのゲームにはなかったもの。



それで気づいた。
ゲームは一人でやるものじゃないんだと。

みんなでやれば、ゲームは楽しいんだと。

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オープンワールドゲーの傾向がある、そしてこれからもっと強まるであろうと思う。
どんなに広大で重厚で深くて残酷で美しくて感動するゲームであっても、それを誰とも共有できないことは、悲しいことだと思う。

オープンワールドゲーが好きな人、一人で粛々と堪能する人、それができるから好きだって人も絶対に居るから、そんな人たちを悪く言うつもりは一切ない。ゲームの楽しみ方は人それぞれだから。

だけども俺は、どうにも一人ぼっちは寂しいみたいで。これから世界を大冒険して世界の危機を救う主人公に没入しきることは、たぶんできない。
もうそこまで熱くないというか、冷めてるんだと思う。

だからこそ、ゆるやかな繋がりで奇跡的な確率で出会い、顔も名前も知らない誰かと同じ時間を共にして、一緒に味わった達成感を、なによりも大切に思っているんだと。

オープンワールドゲーは、見かけだけのオープンであって、人との繋がり、コミュニティ的にはまだまだクローズだと思うんだ。



ゆるやかな繋がり、同じ時間を、世界を共にする。それはもう世にあふれるネットゲームと大差ないものかもしれない。
繋がりを求めるなら広大でなくてもいい。だけど道端ですれ違った故も知らぬ赤の他人と、利害が一致しただけで一時的な協力関係、事が終わればまた他人に戻り、各々の目的を果たしにゆく

そんな物語を、どうしようもなく小さくて狭くて一瞬だとしても、それをオープンワールドゲーに求めてしまうのは悪いことだろうか。

MMOへと回帰しているんだろう。名ばかりのMMO、ふたを開けると実はコテコテのMO(FF14とかでってにーとかそう)
なんていうものは、もういらないよ。

広く緩く、ほんの時々狭く深く

その両方が楽しめるゲームを、オープンワールドの土壌で待ち続けているんだ。





---はしがきで走り書き---





久々にブログ書こうと思った。所要時間実に2時間?最近思ってることをどこかまとめて書きたいと思っていたんだけど、ツイッターだとどうにも文字数制限がきつくって、フォロワーの方々のTLを俺のぼやきばかりで埋め尽くすのは忍びないと思ったからこんなことになってしまったわけで。

2800字、原稿用紙8枚分、ツイッターでいうと18.6回つぶやきが必要ですな・・・w
たぶん本当に読んでる人はどうしようもなく物好きで愛すべき人、そして変な人だから、

これからもよろしくお願いします。更新頻度は本当に少ないけど、僕は生きてます。
ソードアート・オンラインの世界が実現し、「リンクスタート!」できるその日を待ちながら。

ありがとうございました。